近赤外光による青果物鮮度保持技術「iRフレッシュ®」開発秘話

 近年、農作物等の高付加価値化やブランド化が進んでおり、地域の活性化や生産者の収益力向上など、新たな地域振興策として注目が集まっています。
 こうしたなか、当社が開発した近赤外光を利用した青果物鮮度保持技術「iRフレッシュ®」が、柑橘類を中心に、青果物のブランド力強化に貢献する技術として高い評価を受け、全国の選果場等へ普及しつつあります。
 本技術の開発者である石田・垣渕・秦研究員に、開発に至るまでの取り組みや苦労話を聞きましたのでご紹介いたします。

  • ミカンの選果場に設置された照射装置
Q.本光源を開発しようと考えた目的やねらいについて教えてください。

 以前から我々のチームは植物に対して、微量の糖類(希少糖など)、微量な金属元素、特定波長の可視光が植物の生長の刺激となる事に着目していました。

 そのような中、リスボン(ポルトガル)で2010年に開催された国際学会に参加する機会を得たのですが、国内の学会に比べて、ポストハーベスト(収穫後の品質保持)に関する発表が非常に多かったのに驚きました。収穫後の品質保持と言うと、国内ではリンゴなどの長期貯蔵のイメージが強いのですが、国際学会では流通や市場における鮮度保持も重要なテーマとして取り扱われていたことに大きな刺激を受けました。

国際園芸学会が開催されたリスボン国際会議場

 青果物の鮮度保持方法として「温度を下げる(冷やす)」、「湿度を上げる(乾かさない)」、「酸素を減らす(呼吸をさせない)」など、一般的な手法があるのは分かっていたのですが、「光」によってなんとかならないかと、閃きました。閃いたと言っても、特に理論があったわけではなく、全くのヤマカンです。チームで分担して、いろんな光を照射して、その後の青果物の変化を調べていきました。
 試行錯誤の果てに、850nm付近の近赤外光を照射すると、その後の蒸散が抑制されることを発見しました。赤外光は、テレビのリモコンや防犯カメラにも使用されている安全な光なのですが、この光が青果物の蒸散を抑制すると言うのは世界初の発見になります。その後の研究で、強い近赤外光を受けた青果物は、それを気温や乾燥状況の変化の前兆と感じ、蒸散を抑制したり、抗菌力を高めることで、自身の生存を維持しようとすることが分かっています。

試作1号機(2013)

 研究を開始したのが2009年で、実用化して試作機を上市できたのが2013年ですから、足掛け4年の歳月を研究に費やしたことになります。その間、多くの企業と接点を持つ機会に恵まれ、外の風に当たった事で、その後の改良、生産ラインに組み合わせた照射装置の開発に至りました。研究開発過程では、何か苦労も多かったのですが、今では社会の役に立つ技術としての実感と喜びの方が勝っているといっても、決して過言ではありません。【石田】

Q.本発明が、優れた技術だと確信したきっかけは何だったのでしょうか。

 やはり、世界的にも権威のある学術誌「Postharvest Biology and Technology」に掲載されたことに尽きます。国内で前例のない発見ですので、国内の学術誌より海外の方が理解されやすいのではないかと考え、思い切って投稿しました。
 査読者からデータの表現について厳しい指摘もありましたが、発見そのものは好意的に受け止めてもらいました。この過程では、本技術を後押しして頂いた大学の先生の存在も忘れることはできません。発見の実用性については、我々チームの中ではそれなりに自信がありましたが、本誌への掲載が受理された時が、その自信が確信につながった瞬間でした。

学会発表中の秦研究員

 その後の研究により、蒸散や萎びだけでなく、カビや腐りを抑制するなど、多様な効果があることを見出しました。また、本技術は、ほぼ全ての青果物に対して効果があることを確認しており、学術誌の権威を傷つけることのない研究内容であったことを改めて実感しています。【秦】

Q.なぜ、「iRフレッシュ®」と名付けたのでしょうか。

 この技術に愛称を付けようとした際、赤外光の英語表記Infraredの頭文字から、IRをどこかに使おうと考えていました。ちょうどその頃、iMac、iPhone、iPS細胞といったように、頭に小文字のiが付く名称が流行っていたこともありiRとし、鮮度を意味するフレッシュとつなげて「iRフレッシュ®」と名付けました。「iRフレッシュ®」は、よく鮮度保持装置と間違えられることが多いのですが、あくまでも鮮度保持技術であり、今ではこの名称に対して強い愛着をもっています。

 また、専用のロゴマークも作成し、積極的なPRも行っています。いつの日か、ロゴマークを一目見ただけで、鮮度保持技術と認知していただけることを期待しています。【石田】

iRフレッシュ®ロゴマーク
Q.研究過程ではどんなご苦労がありましたか。

 やはり、鮮度保持の効果がどの青果物にまで適用できるのかという検証に多くの時間と労力を要したことです。試作機の完成後、連日のように研究室にこもって、ありとあらゆる種類の青果物に「iRフレッシュ®」を照射して、測定データの収集と分析に没頭しました。

 効果のある波長を見出す際には、人工気象器の一定環境でレタスを育て、何千株もの反復を行いました。また、柑橘類での実証試験では、1トンを超えるミカンを使って調査しました。このミカンは産地から無償で提供を受けたもので、膨大な量で調査も大変だったのですが、産地の方々のこの技術に対する期待の重みも実感しました。

 その結果、「iRフレッシュ®」は、ほぼ全ての青果物に対して効果があることを確認しました。特にカビや腐敗による食品ロスの低減に役立っているだけでなく、味や外観も保持できることから、産地の信頼性向上にも役立っていると聞き、喜んでいます。【秦】

最適波長の探索試験状況
  • 現地実証試験状況
  • ミカンの腐敗抑制試験の1例
Q.社会実装する上でのポイントはなんでしょうか。

 なんと言っても「出会い」だと思います。当社は製造部門を持ちませんので、我々の発明を具現化して頂くパートナーが必要不可欠です。

 まずは、この研究の黎明期からご一緒しているレボックス株式会社(神奈川県相模原市)様。当時インターネット通販で色んな波長のLEDや基盤を販売されていたので(現在では通販はされていません)、2011年から利用させていただいていたのですが、特許出願後に同社に「実は御社のLEDで研究して、こんな発明をしたんです」とメールを送ると、すぐにトップの方が来社されて「是非一緒に」と。現在、照射装置の心臓部であるLEDユニットは同社が製造されています。【垣渕】

展示会への出展(2014)

 次に、現在照射装置を製造・販売されている三井金属計測機工株式会社(愛知県小牧市)様。2014年の展示会でこの技術に興味を持たれたので、レボックス様を紹介したところ、両社で商品化する運びとなりました。三井金属計測機工様は、今では当たり前になっている果物の糖度や酸度を非破壊で測定するセンサーを日本で初めて選果ラインに導入した企業で、設備を熟知されているのが強みです。

ミニトマトへの導入

 後は、やはりこの技術の良さを分かってくれたお客様です。一番最初に導入を決めて頂いたミニトマト生産法人のAZUMA FARM三重(三重県津市)様、そして柑橘で役に立つという事を一緒になって証明して頂いた柑橘産地の方々。実績のない技術の導入を決断された事には感謝すると共に、少しでも良いものをと言う生産者の熱意に敬服しました。

 この他にも奇跡のような出会いがたくさんあるのですが、なにしろ実証試験だけでも北は北海道から南は西表島まで行きましたので、全て語ると一晩でも足りないくらいです。お手伝い頂いた皆様には本当に感謝しています。【石田】

Q.技術に対する社外の評価は。
日本生物環境工学会四国支部 「開発賞」受賞の様子

 ありがたいことに、2017年7月に日本生物環境工学会※四国支部から「開発賞」をいただきました。これは、我々が本技術の基となる発見を現場実装まで発展させた点が評価されました。
日本生物環境工学会※:2007年1月に日本生物環境調節学会と日本植物工場学会が合併して設立した学会。植物工場など農業のシステム化の研究者で構成されている。

 また、国内で最もメジャーな農業技術書である「農業技術大系」の編集部から、柑橘類の品質管理技術として本技術の執筆依頼があり、6ページに渡って紹介させて頂きました。この掲載は、本技術が「標準技術」として認めて頂いた証であると誇らしく思っています。【垣渕】

Q.今後の抱負について。

 「iRフレッシュ®」は、これまでのPR活動や学会等での発表、マス媒体等による宣伝効果もさることながら、ご導入いただいたお客さまのクチコミによる人的ネットワークの繋がり等が功を奏し、おかげさまで温州ミカンなどの柑橘類を中心に導入の動きが広がりを見せており、柑橘以外の品目や、カット野菜工場など選果場以外の場面へも展開しつつあります。

カット野菜での試験状況
イチゴ苗への照射試験 (病害抑制、苗質向上)

 本技術は、今後、海外への輸出も視野に入れた物流の長距離化や配送中の腐敗事故の抑制、クレームの低下など青果物の高付加価値化、ブランド化に一層貢献していくことが期待されております。また、栽培現場での照射等新たな展開に繋がる研究も進めています。我々はこれからもお客さまのお声に真摯に向き合い、ご満足いただける技術の拡充、装置の改良に努めていきたいと考えております。
【石田、垣渕、秦】

開発の1コマ
リスボンの石田研究員(2010) 研究初期段階での照射試験(2012)(LEDの出力が小さく、照射に5分を要した) ライン型照射装置試作1号機(2016)(光源に半導体レーザーを用いていた) ミカンの「虐待試験」(2019)(ミカンを転がして傷をつけて腐敗を促す) 「iRフレッシュ®」史上最南端、西表島での試験(2018)