無線式振動モニタリングシステム「Swing Minder®」開発秘話

 四国地域では、近い将来、南海トラフ沖を震源域とする巨大地震の発生に伴い、各地で深刻な被害が発生すると予想されております。こうしたなか、政府や関係省庁、自治体等が緊密に連携しあい、防災・減災に向けた各種取り組みが進められております。

 当社が開発した無線式振動モニタリングシステム「Swing Minder®」は、こうした取り組みを支援するために開発された機器であり、地震発生後の建物被害の評価に必要な加速度データの収集を可能にするシステムとして注目されています。
 研究・開発従事者の山﨑研究員に、開発に至る取り組みを聞きましたのでご紹介いたします。

  • 「Swing Minder®」開発者の山﨑研究員
  • Swing Minder®(加速度センサユニット)
Q.本装置を開発しようと考えた目的やねらいについて教えてください。

 昨今の大地震による被害状況を受けて、電力会社等に代表されるインフラ企業にとっては、大地震後にインフラ設備を早期復旧し被害を最小限に抑えるために、災害対策の拠点となるような重要建物について、地震直後に健全性を評価し継続利用を迅速に判断することが重要となってきています。

 そのため土木技術部では、地震発生後におけるインフラ機能の早期復旧を目的とした建物被害推定手法の研究開発を実施していました。研究開発を行う中で、正確な建物被害評価を行うためには、地震による建物の揺れ(加速度)を迅速かつ正確に収集・記録する必要性が生じてきました。

山崎研究員

 このような現状ニーズを踏まえ、弊社が保有する無線通信技術等を活かして地震時の建物挙動を効率的に計測できるシステムの開発に取り組むこととしました。

Q.開発にあたって重視したポイントは。

 既存建物を対象とした建物被害推定手法の研究開発であったことから、まず、既存建物への導入のしやすさを重視しました。既存の加速度計測システムでは、サーボ型の加速度センサを用いた有線式のシステムが使われている事例が多く、センサ自体が非常に高価であるといったことや配線に伴う設置場所の制約といったことなどが、既存建物へ導入する際の課題となっていました。

 そこで、それらの課題を解決するために、安価なMEMS加速度センサを活用した無線式の振動モニタリングシステムを開発することとしました。また、モニタリングシステムを建物被害推定に活用する場合、センサ間の時刻同期精度や観測した加速度データの正確性といった、計測精度も重要となることから、高精度な計測精度の確保についても重視して開発を行いました。

 2017年の研究開始以降、試作品の完成、販売開始に至るまで3年の歳月を要しましたが、比較的短期間で開発できたのは、無線通信技術に弊社が独自に開発したオンデマンド・モニタリングシステム技術「openATOMS:open Advanced TopologicalMonitoring System」が活用できたおかげです。

 近年、無線アドホック通信技術や広域無線通信技術の普及、高性能電子デバイスの低廉化により、これまで技術的・コスト的に困難とされてきた様々なフィールドモニタリングシステムが開発されていますが、この基盤技術を実用化していることが、様々な防災・減災システムの開発を容易に行うことができる強みでもあります。

[参考1] openATOMSの概念図
Q.開発機器の性能について、どのように評価されていますか。

 Swing Minder®の無線通信には920MHz帯の周波数を用いていることから、干渉物の多い建物内においても安定した通信が可能となっております。

 また、多点同時観測で重要となる時刻同期精度については、±3ミリ秒(±3/1000秒)となっており高精度な時刻同期精度を有しております。加速度の計測精度についても、実験等により一般に販売されている加速度センサと同程度の計測精度を有していることを確認しております。

Swing Minder®(データ収集ユニット)

各センサで計測したデータは、インターネットを活用してクラウドサーバーに転送・保存する仕組みとしております。このため、地震発生後において遠隔地からも、建物の安全性評価を容易に実施することができると考えています。

[参考2] 建物内の無線通信イメージ [参考3] 建物健全性評価手法イメージ
Q.研究開発の過程で苦労されたポイントは。

 Swing Minder®は、無線通信により計測データの送信を行うことから、データ送信の確実性の確保には苦労しました。今回、SwingMinder®に採用した920MHz帯の無線電波は、干渉物の透過性能は高いものの、データ送信能力が低く、加速度データのような大量のデータを一度に送ることは難しいという短所がありました。

 そこで、地震発生後に加速度データを迅速に抜けなく送信するために、データを分割して送信したりするなどの工夫を行いました。また、様々なフィールド試験や振動実験の中で生じた送信エラー等の問題点について、1つずつ原因を究明してシステム改善し、再度確認試験を実施していくといったトライアンドエラーを繰り返して機器開発を行いました。

Q.産学官連携の取り組みについては。

 地域防災に関するシステム開発に資する観点から、産学官連携は大変重要な取り組みです。このため、機器の開発にあたっては大手ゼネコン企業様をはじめ、香川大学創造工学部様のご協力を得ながら性能検証の実験を行いました。

 また、Swing Minder®は、関係機関が首都直下地震などの災害に備えて立ち上げた「首都圏レジリエンスプロジェクト・データ利活用協議会」の加振試験用計測機器のひとつに採用され、国立研究開発法人防災科学技術研究所様が保有するE-ディフェンスを用いた振動実験により、過酷な条件下でも、安定してデータ収集ができることが確認されています。

振動台を用いたSwing Minder®の性能検証試験の様子 Swing Minder®の開発者の一人でE-ディフェンスを活用した振動試験に立会した天野研究員 国立研究開発法人防災科学技術研究所兵庫耐震工学研究センター(兵庫県三木市) 世界最大級のE-ディフェンスを活用した振動試験の様子
Q.今後の抱負について。

 2011年3月に発生した東日本大震災は、各地に甚大な被害をもたらし、今も復興に向けた取り組みが進められておりますが、発生から10年が経過した2021年2月と2022年3月に、同じ震源域で余震と思われる巨大な地震が続けて発生しました。

 物理学者として数多くの功績を残された寺田寅彦博士は、「天災は忘れた頃にやってくる」という名言を残され、現代を生きる私たちを戒めております。

 寺田先生ご自身も、1923年(大正12年)に発生した関東大震災で被災された経験を持っているからこそ、説得力のある教えです。科学・技術が格段に進んだ現代社会においても、自然の持つ脅威には勝てませんが、先人の戒めに倣い、最新技術を最大限に活用することによって、被害を最小限に抑え、被災者の復興支援を効果的に進めていくことは十分可能です。

 このため、Swing Minder®の普及・拡大はもとより、地震によって収集した様々なデータの可視化・解析機能の拡充、計測データの精度向上等に向けた研究を今後とも進めていくことにより、地域の防災・減災にいささかなりとも貢献したいと考えております。